かくれんぼ 02
小島がサッカー部顧問の香取先生からメニューを預かっていたので部活はなんなくと行われた。
もちろん、松下コーチによって決められたメニューである。
は、グランド上の仕事を小島に任せて自分は部室の掃除を始めた。
何故かというと、恭子が練習を見学しに来たからである。
「きゃー!佐藤君かっこいい!」
その黄色い声援を聞くと具合が悪くなった気がした。
普段もたまに声援が聞こえるが、恭子の声は特別だった。
知人の声は頭に響く。
「はあ…」
はため息をつきながらそこらに散らばってる過去の対戦表や学校からの便りを片付ける。
しかし、かれこれ1時間はたつが全然仕事が進んでいない。
どうしても恭子とシゲのことを考えてしまう。
シゲ、嬉しいだろうな…恭子可愛いし
は何故自分がこんなことを考えてしまうのか、ため息をついてしまうのか、気づいていなかった。
心が苦しかった。
苦しいという表現が正しいのかはわからないが、の知っている語彙の中では1番適当な言葉であった。
これ以上恭子とシゲのことを考えると、涙が出てきそうだった。
バン!
乱暴にドアが開く。
「あーもうやってられないわ!お願いちゃん、替わって!」
小島がいらついた様子で部室に入ってきた。
「ど、どうしたの?」
は驚いた拍子に涙がひっこんだ。
「もううるさいのよあの女!甲高い声でさ!」
小島はミーハー女が嫌いだった。
その上サッカーが絡んでくるとさらに厳しくなる。
「あの子とちゃんって仲良いじゃない?お願い替わって!」
ぱん と小島は顔の前に両手を合わせた。
に断る理由はなかった。
というか、は断る術を持たなかった。
「ううん ごめんね勝手にむこう任せちゃって」
「ありがとう!…ちゃん何してたの?」
小島は部室のいつもと変わらない汚い様を見て聞いた。
はさぼっていたと思われたくなくて焦った。
「あ、この昔の対戦表とか見てたら懐かしくなっちゃって」
「ぷ ちゃんと片付けてよねー」
あはは、と小島は笑った。
「じゃあよろしくね」
小島はそう言うとせっせと片付け始めた。
はもう1度軽くため息をつき、ドアを開けた。
サッカー部はミニゲームをやっていた。
はいつもの定位置につく。
ふと、恭子を見た。恭子もこっちを見ていた。
にっこり笑って手を振ってくる。
も笑って手を振り返した。
その笑顔はどこかぎこちなかった。
それからは声援を聞くまいと、ミニゲームに集中した。
先ほどよりは恭子の声が気にならなくなった。
「休憩!」
ピーっとはホイッスルを吹く。
選手たちは部室前付近に集まりからタオルとドリンクを受け取った。
「今日はやけに佐藤先輩の声援多いですね」野呂が言った。
「水野がいないぶんシゲに回ったんだろ、今日だけだよ」と高井は言った。
「ん?それどうゆう意味やねん!」
シゲは後ろから高井の首に腕をまわして絞めた。
「うぇ!」
高井はギブギブ!とシゲの腕をパンパンと叩く。
シゲは わかりゃいいんよ と、パッと腕を放した。
「だってよう、あの恭子ちゃんがだぜ?あーあ俺憧れてたのになあ」
「俺も驚いたわ 今まで全然喋ったことないのに」
シゲはドリンクをグイと飲む。
「どーゆー風の吹き回しやろな?」
なあ?とシゲはに意見を求めた。
はそれが無性に腹が立った。
「何うぬぼれてんのよ!そんな鼻の下伸ばしてないで真面目に練習しなさいよ!」
「なんやとう?」
シゲはカチンときた。
風祭が
「そんなことないよさん!今日のシゲさんすごい調子いいみたいだよ!」
と、フォローした。
はわかっていた。
今日のシゲがいつもよりもキレがいいことぐらい。
わかっていたのにシゲに八つ当たりしてしまった自分が悔しかった。
シゲはの変な様子に気づいたようだった。
「おいお前、どないしたんや?」
「なんでもない!ほら、休憩終わり!さっさと練習に戻って!」
は鬼のように選手たちをどなった。
「今日の先輩、どうしたんですかね?」
野呂はポジションに小走りで戻りながら風祭にぼそっと言った。
「ん〜、疲れてるのかなあ?」
風祭の中で最大限に考えられる答えを出した。
「いつもの先輩がいいなあ…」
● ● ●
部活終了。
「お疲れ様」
は皆にタオルとドリンクを配った。小島もそれを手伝った。
いらつきも収まったのか、今度は少し元気をなくしていた。
休憩後からずっと、また恭子の声援が頭に響くのだった。
恭子はシゲに近寄ってきた。
「佐藤君ってすっごくサッカー上手なんだね!今日見てて尊敬しちゃった」
「けっ」小島はそれを聞いて悪態をついた。
「おお、ありがとさん」
「ねえ、今度からシゲって呼んでいい?」
恭子は可愛い笑顔で言った。
「別にかまわへんで」
シゲも愛想良く答えた。
はそれを聞いていながらも、一切目をむけなかった。
さっさと自分の仕事を済ませていた。
「ごめん、小島さん 先に帰るね」
「あ うん、お疲れ様ー」
そう言うとはマネージャーの部室へむかった。
シゲはの後ろ姿をずっと見ていた。
恭子はそれに気づいていた。
が去るのを見て、恭子はシゲに耳打ちをした。
「実は…」
は部室で沈んでいた。
なんでこんなに気が落ちるのか理由がわからなかった。
ただ確実にわかることは、シゲと恭子が仲良くなる事が嫌だった。
でも何故そんな気持ちになってしまうのかはわからなかった。
帰ろ
は制服に着替えてスクールバックを持って部室を出た。
途中で小島とすれ違ったので「お疲れ」と言った。
小島は恭子のことで愚痴を言いかけていたがはこれ以上聞きたくなくて聞こえないフリをしてしまった。
校門に向かうと門のところで誰かが立っていた。
それはシゲだった。まだ練習着を着ていた。
はそれを無視して通り過ぎようと思ったのだが、そうもいかなかった。
シゲに手首をつかまれた。
「待てや」
シゲは真顔だった。
「なによ」
はシゲの目を見れなかった。
「お前、今日どないしたんや」
「…」
「恭子ちゃん、心配しとったで」
諸悪の根源が心配してくるなんて、無神経にも程がある。
はそう思わずにはいられなかった。
無性に腹が立ってやるせなかった。
「はなして」
「それはな、やきもちって言うんやで」
は?
は一瞬固まった。
思考が停止した。
なに言ってんのこいつ…
「おまえ、俺と恭子ちゃんが仲良うしてんの見て嫌な気持ちになったんやろ?
そうゆうのをやきもちっていうんや」
「つまりお前は俺に惚れとんねん」
は顔が熱くなるのを感じた。
図星だった。
「うぬぼれんなハゲ!」
はこの気持ちがなんなのかわかりたくなかった。
わかった途端失恋なんて、には辛すぎた。
泣きながら必死に頭の中で否定した。
「な、泣かなくてもええやろ!」
「うっさいハゲ!」
「ハゲちゃうわアホ!」
「本人が惚れてるとか言うな!」
はわんわんと泣いた。
自分でも子供っぽいと思ったが、こうでもしないと言葉がでてこなかった。
「…だって本当のことやろ」
「ほっといてよ!」
「ほっとけるか」
シゲは泣いているの頭をなでた。
「や、優しくしないで!恭子がいるくせに!」
はシゲの手をはらった。
「…なんのことやねん」
「恭子がかわいそうでしょ!」
「なんでやねん お前なんか勘違いしとるやろ?」
え?
はようやくシゲの目を見た。
シゲは呆れた顔をしていた。
「なんで俺が今日初めて話したような奴を好きにならにゃあかんねん」
「だって…恭子可愛いし、さっきも仲良く話してたし…」
「あれはたんなる社交辞令やんけ
それにな、恭子ちゃんは俺んとここれっぽっちも好きやないぞ」
はまた固まった。
「あれは演技や演技!」
「う…うそ…」
は力が抜けてぺたん、と座り込んでしまった。
「俺たちをくっつけようっちゅー作戦やて」
シゲもしゃがみこみと同じ目線で合わせた。
「やられたな」
シゲはにやっと笑った。
は顔が真っ赤だった。
ただ意地をはっていた自分が恥ずかしかった。
恭子は私の隠れてた気持ち、知ってたんだ
私にそれをきづかせてくれたんだ…
強引なやり方ではあったが、もう腹は立たなかった。
逆に、腹を立ててしまったことが申し訳なかった。
「ご、ごめんなさい…」
「そんなん聞きたいちゃうねん」
シゲはニヤニヤしている。
気持ちがばれてしまった以上、言わなければいけないのかもしれないがにはまだ勇気がなかった。
その言葉を言うのがとても恥ずかしかった。
「…」
は一生懸命言おうと努力はするが、口をパクパクさせるだけで声が出てこない。
「ぷ あははは!」
シゲはそれを見て大笑いした。ひーひー言っている。
は余計また赤くなった。
じゃあこれでええわ
シゲの唇との唇が重なった。
は一瞬の出来事で何が起こっているのかすらわからなかった。
唇が離れると、シゲの顔がよく見えた。
嬉しそうに笑っている。
「明日ちゃんと恭子ちゃんに謝っとけよ!」
ほな、そう言ってシゲは立ち上がり、部室へ向かった。
はまだぼーっとしている。
「そや!」
シゲは振り返った。
はその声で我に返りびくっとした。
「明日から弁当作ってきてな」
はやっと状況を理解できた。
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あとがき
ベッタベタですいません
『かくれんぼ』完
20081203