光な君


ぽかぽか太陽があたたかい。
村を見渡せる丘。
草たちは太陽を浴びて青く輝いている。

樹木の木陰で紫苑は昼寝をしていた。
木漏れ日に当りながら。

「あ また寝てる」

彼女は
城に仕えている、召使である。
よく村に買出しへ行くためこの野原を活用している。
そしていつもと言っても良いほどここを通るたびに紫苑が寝ている。

「ん…」

紫苑は寝返りをうった。
は顔を覗き込む。
いつ見ても整った顔立ち。
はこの美しい顔が好きだった。
彼の寝顔を見るたびに、はすこしだけ幸せな気持ちなる。

「かわいい寝顔」

はそう言って村へと下っていった。

● ● ●

「あれ、まだ寝てる」

は村からの帰路で、またしても寝ている紫苑に会った。
かれこれもう2時間はたったのではないだろうか。
日はもう紅く染まろうとしている。
はまた顔を覗き込んだ。

ぱち

紫苑は急に目を覚めた。

「…わっ!!」
は驚きのあまり後ろへしりもちをついた。
「あいたた…」
はお尻をさする。

んー…
紫苑は背伸びをした。
そして目の前にしりもちをついているに気づく。

しばしの沈黙。
紫苑は寝起きの頭を頑張って回転させようとしている。

は恥ずかしかった。
顔を覗き込もうとしてしりもちをついたことに。
ハタから見れば動揺した変人である。
の顔は夕日と同様に赤かった。

「おまえ、誰だ?」
最初に沈黙をきったのは紫苑のほうであった。
「リ、…城に仕えています。」
「城…壱与にか?」
「はい!わ、私はただの下っ端の召使ですが」
は手をぶんぶんと横に振った。

「どうりで 見ない顔だ」
「え?もしかしてあなたも城に…?」
「壱与の護衛だ」
「い、壱与様の!?」

はびっくりした。
目の前にいる彼は自分と同い年にしか見えない。
それどころか寝顔を見ていた時は自分よりも年下だと思っていた程である。
こんなに華奢で女のような顔立ちをしているのにヤマジ総隊長よりも強いなんて。
人は見かけによらないものである。

「お噂は聞いておりました まさかあなただとは…」
「噂?」
「はい、なんでもすごく腕の強い少年が護衛役である、と
ですから私はてっきりヤマジ総隊長みたいなお方かと…」
「ヤマザルと一緒にされては困る」

はくすくす笑った。
「あ、すみません」
は紫苑の目線に気づき、笑うのをやめた。

「平和だな…」
「え?」
紫苑は越しに村を見ていた。

「周りでは国崩しが起こっているというのに、この国は平和だな
いや、平和に見えるだけか…」
紫苑はなにやら難しいことを言っている。
にはよくわからなかった。
「この国は平和ですよ」は言った。
「…お前は城に使えているくせにほんとうに何も知らないんだな」

はバカにされたようで少し恥ずかしくなった。
「なにせ下っ端なものですから…」
「お前はこの国が平和に見えるのか?」
「はい」
「そうか…」

紫苑は黙って村を見ていた。
はその顔が何故か悲しんでいるように見えた。

「この国は平和です」は言った。
紫苑はに顔をむけた。

「見てください
太陽が昇って、私たちに光をあたえてくれる
風はそよそよと優しく吹いて、草木は癒しをあたえてくれる。
村の人々は皆笑って声をかけてくれて、犬は楽しそうに子供と走り回って
ね 平和じゃないですか」
にこり、とは紫苑に笑いかけた。

「お前は見えてないんだな」
「え?」

「空は大雨をもたらして時には洪水になる
風は嵐になり森は山火事 平和じゃないことなんかいくつも出てくる」
は黙って聞いていた。
「それに周りは国同士の戦争や国崩し
人が人を襲う、じっとしていたらこの国も終わりだ」
「壱与様がいます!」は言った。
「ああ、一刻も早く和国統一をしなければ平和な世界なんてのは訪れないのさ」

日はもう真っ赤に染まり、たちとの視線と同じくらいの高さにあった。
どこかで鳥が帰りの合図だと鳴いている。

「さて 戻るか」
紫苑は立ち上がった。

「この国は平和です」
はもう1度言った。
紫苑はに視線を落とした。
「平和を求めている人が平和を忘れてはいけません
平和とは少しでも心が休まった時です、安心している時です
あなた様は先ほどここで心身を休めていたではありませんか!
あなた様が平和を主張していたではありませんか!」

紫苑ははっとした。

「私はこの国が好きです
この国にいることが幸せです!
この国を哀れむのはよしてください」

「そんなつもりじゃ…」
「失礼します!」

はスタスタと城へ戻っていった。
後ほどは後悔をする。
自分よりも身分がケタ違いに上の人に生意気な口を聞いてしまったと。
彼に会うのが気まづくなってしまったと…。

● ● ●

後日。

はどうにかして村へ買出しに行くのを避けていた。
紫苑に会うのが怖かったからだ。
もしかしたら怒っているかもしれない。
謝りたかったが、下っ端の自分がたいそうな口をきいてしまったことが恥ずかしかった。

そしていつもとは違って今日は庭掃除をすることになった。
草木に水をやり、雑草を抜いていた。

そこに「、お客様だよ」と、上役に言われた。
「はい、ただいま」
は誰だろうと、抜いた雑草をついでに捨てるためにザルを持って上役のほうへむかった。
角を曲がるとそこにいたのは紫苑であった。
はおもわずザルを落としてしまった。
ベタなパターンである。
、無礼のないように」そう言うと上役はどこかへ行ってしまった。

置いてかないで!は思った。
きまづすぎる。

2度目の沈黙を破ったのも紫苑であった。
「悪かったな」

「え…」は驚いた。
「そんな風に言うつもりはなかった
ただ、この国が滅びることが嫌だったんだ」
紫苑は言った。

は状況を整理するのにいっぱいいっぱいだった。
怒られると思ったからだ。

「そ、そんな…私のほうこそ生意気な口を聞いてごめんなさい!」
は深々と頭をさげた。

「お前のおかげで気づけた
俺は長いこと暗闇にいたせいで光を忘れていたんだな」

「私にとって、あなた様は光です」
は素直な気持ちを言った。

「あなた様の寝顔 私はとても癒されます」
は褒めたつもりだったのだが、紫苑は子供扱いされたと思ったようだ。
「…紫苑だ」ぶすっとした声で言った。
「え?」
「俺の名前 紫苑だ」
「紫苑様…」

「紫苑様、今日もあの丘で休まれますか?」
は聞いた。

「…さあな」
紫苑はそう言って去ってしまった。

その後買出しへ行くと紫苑はやはり寝ていた。
村を見渡せるあの丘で。

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あとがき

ほのぼのとした作品が書きたかったんです

『光な君』完


20081201