A cool man


「コルァ!シゲ!」
「な、なんやねん!」

関西選抜練習終了後。
シゲはまたいつものように、に怒られていた。

「あんたまたギブス裏っ返しで洗濯機に入れたやろ!毎回毎回、何回言わすんねん!これ以上わからんようやったら自分で洗ええ!」
「あーすまんすまん!急いでたんや!」
「急ぐ?自主練のことですやろか?まず自分のしなきゃならん事をしてっからやりたい事せや!」
「わーったわーったすいません!」

これが関西選抜の日常茶飯事である。


関西選抜のマネージャーである。
器量は良いが強気な性格をしている。

選手たちは皆、に怒鳴られるのを避けるため細心の注意をはらっているのだが、
シゲはどうしてもそれが出来なかった。

「ぷ まーた怒られとんのかお前!」

だっせー奴、とナオキがシゲをちゃかす。

「お前もやん!ちゃんとタオルはこっち出せ言うとるやろ!なに今も堂々と使ってんねん!」

皆どっと笑う。

は厳しいが、選抜のムードメーカーであった。
いつもこんな事をしては選手たちを知らず知らず和ましていた。

● ● ●

「今日も怒られとったな、シゲ」

自主練をしていた者は皆、帰る準備をし始めた。
その中の一人がシゲに話しかけた。

「あいつには適わんなー」
「ちょっと楽しそうやん」ノリックが言った。
「わかる?」

って藤村と俺たちとの態度ちゃうよな」
「あーなんかわかる!俺たちにはあんなしょっちゅう怒らへんで」
「藤村お前に恨み持たれてんのとちゃう?」
「せやかて、なーんもしとらんで俺」

話題がとシゲの関係で盛り上がる。
皆帰るのを忘れて座り込んでしまった。

「あ、あの噂ほんとちゃう?」
「なんの噂やねん?」ノリックが聞いた。
がシゲに惚れてるんやて!」
「噂っちゅーか俺らがただ言ってただけやけどな」
「まあそうもとれるけどなー」ノリックが言った。
「やろ?どーなんやシゲは!」

そこにタイミング悪くが通りかかる。

「あ もう自主練終わったん?」
が集団に聞いた。
こちらの会話はまったく聞こえていなかったようだ。

「ああ、お前なにしてたん?」
「なにって洗濯とかー掃除とかー、マネージャーは大変なんよ」
「この人数に一人やもんなー、お疲れさんです」

「つーか丁度いいとこに来たやん!お前も聞いてけや!」悪ノリした奴がに言った。
「聞くって…なにをや?」
「シゲがお前んとこどう思ってるんか今聞いてんのや」
「おい!」隣の奴がそいつに肘でやりすぎだ、と注意した。

「なんやねんそれ…」
「お前シゲのこと好きなんやろー?」
その悪ノリにのっかって調子に乗る奴が出てきた。
「せやせや、聞いてけ!」
「皆ええ加減にしい!調子のりすぎやで!」ノリックが言った。

「つーかが俺んとこ好きなわけないやん」シゲが言った。

「それに俺、東京に彼女おるしな」
シゲはニカっと笑った。

『えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
選手一同、驚いた。

「どーゆーことやねん!」
「皆盛り上がってるとこ悪いなー思て」
「いや言えや!」ビシっとシゲの隣にいた奴がつっこんだ。

「ゆーとくけどな」
が声を出した。
には怒りのオーラが漂っていた。
その時やっと、調子にのってしまった連中はやりすぎた事に気づいた。

「うちはシゲのこと好きでもなんでもないし、勝手にひやかされて腹立つねん!」
は怒鳴って言った。
はそのまま踵を返して帰ってしまった。

一同はしーんとなった。
「…すまんな、シゲ 調子のりすぎたわ」
さっき悪ノリをした奴がシゲに謝った。
「俺はええって!それよりに謝っときや」
シゲはそう言うと一人立ち上がって帰っていった。

ナオキは始終黙ったままであった。

● ● ●

「待てやシゲ!」

ナオキがシゲを追って走ってきた。
なんや?と、シゲはナオキのほうに振り返った。
シゲは相変わらずすかした顔をしている。

「どうゆうことやねん!」
「なにがや?」
「お前彼女なんかおらんやろ!」

シゲはヘラヘラ笑って言った。

「できたんやって 俺モテるし」
「嘘つけ!」

「お前、俺の気持ち知っててあんな事言ったんやろ!」
「はあ?なに言うとんねんあほか」
シゲはそう言って帰ろうとした。

「逃げんなや!そんなことされても俺は嬉しくともなんともないねん!
お前は根っからの卑怯者やな!」

「あんなあ、」
シゲはもう一度ナオキのほうを振り向いた。
今度は少しきれた様子であった。

「あれはお前のためとかそんなんやない!俺の正直な気持ちや」

「お前をすぐ超えてみせる!俺は自分を信じとるからちっとも怖くなんかない!
敵に塩を送ったこといつか後悔すんで!」

ナオキはシゲにびしっと指さし言った。
そして帰っていった。

「なんやねんあいつ…」
そう言いながらシゲは何か考えている様子であった。

● ● ●

関西選抜練習の日。

は先週のことなど忘れているようだった。
なにごともなかったように選手たちに接している。
ただ、シゲにだけは一回も話しかけてこなかった。


練習中、ノリックは監督に気づかれないようにシゲに聞いてきた。
「なんであんなこと言ったん?」
「なんのことや?」シゲは知らん顔をした。

「ナオキ怒ってたやろ?」
「ノリック、お前の悪い癖やな」
「こうゆうもんは上手く利用せんとな」
「ナオキもようわけわからん事言っとったけどな、あれは俺の正直な気持ちやん」
「正直な気持ちねえ…」
「なんやねん」シゲは少々きれ気味であった。

「べっつにー…せやけど、今のお前格好悪いで」

「お前らぁ!なに喋っとんねん!口より足動かせや足!」
ナオキがベンチからシゲとノリックに向かって怒鳴った。
「あっちゃー、あいつに怒られるとはな」
そう言うとノリックはシゲから離れていった。

練習終了後。
はいつものようにタオルやらギブスやらを集めて洗濯しに行くところであった。
そこに先週、悪ノリをした奴がに話しかけてきた。

「すまんかったな、あん時は…」
「ええんよべつに 気にしてへんし」
はにっこりと笑ってそう言った。
笑った時のは八重歯が見えて可愛かった。

「なあノリック」
それを遠くから眺めていたシゲはノリックに聞いた。
「俺が格好悪かったらは何や?」

「…うそつきやな」
「せやな」
「わかりやすいやん
今日一日中元気ないで」

「わかっとる」
シゲはそう言ってナオキのほうへむかって行った。

ナオキは一人で座って体をほぐしていた。
シゲが近づいてくることに気づいてはいたが、知らん顔をした。

「ナオキ」シゲが言った。
ナオキはその声に反応しなかった。

「おいサル」
「うっさいわ!なんやねん!」

「お前昨日のちょっと格好いかったで」
「は…」
「でもな、俺を超えるなんて10年早いわ」

ナオキは立ち上がり言った。
「お前を負かすまで諦めんからな!」

シゲは嬉しそうにその場を去った。
ナオキもへっ、と笑った。

シゲはのほうへ走っていった。
はまだ先週の奴らと話をしていた。

「ん?」
は声のするほうに振り向いた。
途端、振り向かなければよかった、と後悔した。
先週の奴らは呆然としている。

「なんて顔すんねん」
「…べつに なんやねん?」

「俺な、お前のこと好きやで」

「…な…!なにっ…!」
はいきなりの出来事に驚いた。
みるみるうちに顔が赤くなる。

「なに言うとんねん藤村!お前彼女は…!」
先週悪ノリした奴が言った。
「ああ、あれは嘘やねん すまんな」
シゲはサラっと言った。

「嘘…」
「でもこれはガチやで」

シゲはまっすぐの目を見た。
確かに曇りひとつない瞳であった。



「なんやねんあいつ」
それを遠くから見ていたナオキが言った。
「やっぱあいつ、かっこええわ」
「諦めるん?」ノリックが言った。
「けっ、誰が」
「ぷ あはは、お前もかっこええで」
「笑いながら言われても説得力ないんじゃあほ」
「少なくとも藤村はそう思ってるな」

「…シゲーーー!」ナオキはいきなり叫んだ。
「うわ、ビックリした」ノリックは言った。

「お前には負けへんからなーーー!」

そう言うとシゲはナオキに中指を立ててニカっと笑った。

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あとがき

出番少なくって申し訳ないです。

『A cool man』完



20081207