GKの声


2-B

「…と、こんな感じかしらねー」

たった今、小島の説明が終わったところだった。

「ありがとうございます!」
はさ小島の説明の半分も頭に入っていなかったが
わかっているふりをしてお礼を言った。
なんと言ったっての記憶力は小学生程度だった。

「今日は運動着持ってきてる?」
小島はにたずねた。
「持ってきてないです」
今日は体育すらなかったのだ。
「んーじゃあしょうがないわね
制服汚れてもいいんだったら、見学しに行く?」

「い、行きます!行きたいです!」
ははしゃいだ。

「ぷっそんなにサッカーが好きなんだね」

(う…)
は罪悪感を感じた。
サッカーを好きどころかルールすら知らない。
今日の放課後までに友だちにありったけの
桜上水サッカー部のことを聞き出した。
入部希望理由は「岩工戦を見てサッカーが好きになったから」
もちろん、岩工戦はこれっぽっちも見てない。
「自販機を直した不破先輩に憧れて」なんて言えるほどに度胸はなかった。

グラウンドに向かう途中。

「あ、あの、」
が小島に話しかけた。
「ん?」

「不破先輩って、どんな人ですか?」
「不破?不破はねー不器用な奴
まあそれも最近は風祭のおかげでだいぶ良くなってきたかな」
「風祭…?」は聞いた。
「知らない?背のちっちゃい奴」
「ああ!」
は友だちの話を思い出した。
桜上水には1つ上の背の低い先輩がいることを。
(なんとかワードってポジションで凄い人なんだっけ)
「でも…なんでそんなこと聞くの?」
「い、いえ、なんでもないです!」
は手をぶんぶんと振った。
そう、とは言ったものの小島の目は何かを疑っている。
はさっと目をそらした。

グラウンドに着くと

「いた!」
(不破先輩だ!)
不破はゴールの前でかまえている。

「誰がいたの?」小島が聞いた。
「え、ほらあの、サッカー部だ!と思って」
しどろもどろだ。
ちゃんってさ、ひょっとして…」

「おー!小島ー!」
高井だ。
「その子が噂の新マネージャーか!」
高井の目は輝いている。

「ちょっとあんた練習は?」小島が言った。
「休憩中!よろしくな!えーっと名前は?」
高井はに向かって言った。
です よろしくお願いします」
ちゃんか!くーかわいいぜ!
おーい水野!新マネージャーきたぞー!」

なんだなんだ と、一斉に部員の目がへむかう。
これじゃ練習にならないな、と水野はいったん練習をうちきり
部員を集合させた。

「新しくマネージャーになった1年のさんだ」
水野が部員にむかって話す。
「よ、よろしくおねがいします」
は頭をさげた。

ちゃんかー」
「かわいいー」
「やったぜ!」

ぼそぼそと声が聞こえてくる。
は少し恥ずかしくなり下をむいた。

「よし、じゃあ練習再開!」水野が言った。
えーーー!部員からのブーイング。
「少しぐらいちゃんと会話させろよ!」高井が言った。
「終わってからも出来るだろ!」

はちらっと不破を探した。
不破は練習へ戻るとこだった。

(後ろ姿もかっこいい…)

「まあこんな奴らだけどさ、よろしくね」小島が言った。
「は!はい!」急に話しかけられたので少しうわずってしまった。

(不破先輩…)
はずっと不破を見ていた。
だから、小島の視線など気づくはずもなかったのだ。

部活終了。

選手たちが 疲れたー!と、その場に倒れこむ。

「はい、おつかれさまー」
小島は皆にタオルとドリンクを配った。

それを見ても配るのを手伝った。
「お疲れ様です」
にっこり笑ってそれを渡した。
「ありがとう」
その少年は1番背が低かった。
(この人が風なんとかって人かな?)

その隣の金髪の先輩。
彼はタオルもドリンクも渡されていなかった。
(こわ…)
は渡すのに躊躇したが、小島はとは反対にいて、
彼に渡すまでには時間がかかりそうだった。
(風なんとかって人とも普通に話してるし、大丈夫だよね)

「お疲れ様です」
同じようににっこり笑ってそれを渡した。
「…」
彼はただじっとを見ている。

(え…なに?あたしなんかした!?)

「おいシゲ!礼ぐらい言えよ!」
シゲは高井にこづかれた。
「いてっ!なにすんねん!」
ちゃんが怖がってるだろ!」
「あーすまんすまん いやな、こない可愛い子見とると
騙されとるんやないかとおもってな」シゲはに謝った。

(…可愛い子?)

「なんだよ騙すって」高井が聞いた。
「俺ら一回騙されとるやろ、あれに」と小島を親指で指した。

「なるほど」周りに全員が頷いた。

「はは…」はわけがわからなかったのでとりあえず愛想笑いしといた。
「ま ちゃんは信じとくわ サンキュな」
にっと笑ってシゲはからタオルとドリンクを受け取った。

(不破先輩は…)
不破はに近い位置に座っていた。
(チャンスだ!)
はその間の部員たちを無視して不破へ近づいていった。
それを見てるのは小島しかいなかった。

「ふ、不破先輩」
は座っている不破に声をかけた。
不破は顔をあげた。

「タ、タオルとドリンクです!おつかれさまです!」
は不破にそれを渡した。
「ああ」
不破はうけとった。

(また声が聞けた!)
は心が躍った。
そのとき

ぐに

は何かをふんでしまった。
「っ!…」
それは不破の左手だった。

「ご、ごめんなさい!」
は慌ててどいた。

「どうしたの!?」
小島はそれを一部始終見ていたためすぐに気づいた。
その声に他の部員たちも気づき始めた。

「誰か氷!はやく!」
小島は救急セットをとりに行った。

はどうしてよいのかわからず、
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
不破の横に座ってただ謝っているだけだった。
不破はずっと左手をおさえている。

は何もできなかった。

● ● ●

20時。
空はの気持ちと同じように暗かった。

「はあー、」

その後、小島の治療が早かったおかげで
不破の左手はたいしたことないとのことだ。

(GKって手使うポジションだもんね
大変な事しちゃった…
あたしがちゃんと注意してれば…)

は昇降口前で不破の帰りを待っていた。
どうしても一言謝りたかったのだ。

(大丈夫かな 不破先輩)

「あれ ちゃんやん なにしとんの?」
シゲだった。
水野と一緒だ。

「あ…不破先輩を待ってるんです」

2人とも察したようだった。
「まあ これからは気をつけてくれ
試合に間に合うからよかったものの…」水野が言った。
「ごめんなさい」はしゅんとした。
「まあわかってんならいいんとちゃう?
たつぼんは小姑やからなー」とシゲがちゃかす。
「たつぼんて言うな!」
「んじゃ小姑」

は必死に笑いをこらえた。
まだ2人はギャーギャー言っている。
そこに

不破がきた。

「おー不破! なんやちゃんが用あるんやて
んじゃ俺らはここで さようなら〜」
シゲは水野を連れて行ってしまった。

「あ…」
は心の準備ができていなかった。
不破はじっとこっちを見ているだけだ。

沈黙をどーにかしようと、
「ごめんなさい!」と謝った。


しばしの沈黙。

は怖かった。
傷つけてしまった罪悪感と
好きな人に嫌われるんじゃないかという不安が一気に襲いかかってきた。
だが、ここで泣いたら迷惑をかける、は必死で涙をとめた。

「おまえは謝ってばかりだな」と不破。
「え…?」はなんて言ったらいいのかわからなかった。
「仮にもマネージャーのお前が選手を傷つけていたら意味がないんじゃないのか?」
きつい一言。今度は何も言えなかった。
「なぜそのくらいの注意ができない マネージャーとしては失格だな」

「ちょっとちょっと!」
小島が来た。

「あんたさっきから聞いてたらひどいこと言うわね
ちゃんは謝ってるでしょ」
小島は2人に気づかれないように門の裏にいたらしい。

「謝ったからといって事実は消せるものなのか」不破が反論した。
「試合にもひびかないんだし、男がねちねち言うんじゃないわよ」
「俺は自分のことを言っているのではない
チームにそのような害をもたらす奴は必要ないと言っているんだ」
小島は呆れ顔で言った。
「あんたねえ チームのこと考えるようになったのはいいけど
ちゃんも立派なチームの一員よ!」
「そいつはチームのことを何も見えていない
俺のことをずっと見ていただけだ」

(気づいてたんだ)
そう思うとは恥ずかしくなった。
とめてる涙は今にも溢れそうだった。

小島は少し考えて、そして言った。
「そうかもね 彼女はまだ不破しか見えていない
でもこれから周りが見えてくるようになればいいのよ
彼女は今日が初日だし、初心者よ 失敗の1つや2つするわ
でも彼女は反省してる、やり直そうとしてる
選手だってマネージャーを支えてよ チームなんだから」

小島は全てをわかっていた
が初心者だということも
不破に好意を持っていることも
そして、は正義感が強く
どんなに怖い場面でも逃げたくなる場面でも
ちゃんと立ち向かうことを。

は涙をとめられなかった。
「ごめんなさい」

不破はそれを聞いて
「マネージャーもチームか…
また俺は信頼を失ってしまったのか」
「大丈夫よ この子は」小島が言った。

「俺も間違っていたようだ悪かった」
不破はにむかって謝った。

「そんなことないです!
あたしが悪いんです!ごめんなさい…」
はうっうっと泣いてしまった。
小島は 後はまかしたわよ と
と不破をおいて帰ってしまった。

不破はどうしたらよいのかわからず
ぽん と頭に手をおいた。

「まあとりあえず泣き止め」

その声には涙が止まらなかった。





20081130